【奈良】興福寺 中金堂 落慶 レポート

【奈良】興福寺 中金堂 落慶 レポート

興福寺の中金堂へと向かう途中に
目を奪われた魅力的なポスターが!

南円堂・北円堂のポスター

父、康慶
慶派、その始まりの大仏師。
南円堂 不空羂索観音

子、運慶
慶派、その頂きの天才仏師。
北円堂 弥勒如来

わかりやすくて、ありがたいポスターです。

興福寺は、
藤原氏の氏寺として
和銅3年(710)の平城遷都とともに創建。
法相宗大本山

そして

立柱 平成22年10月
落慶 平成30年10月

まずは、
2013年の様子を見てみましょう。

 2013年撮影 興福寺 中金堂

興福寺.jpg

そして

興福寺 中金堂

藤原不比等が興福寺の最初の堂宇として、
和銅3年(710)の平城遷都と同時に創建。

当初は藤原鎌足ゆかりの釈迦如来を中心に
薬王・薬上菩薩、十一面観音菩薩2躯、
四天王、さらに養老5年(721)に
橘三千代が夫不比等の一周忌供養で
造立した弥勒浄土の群像が安置されていました。

創建より6回の消失・債権を繰り返し、
平成30年(2018)に再建落慶を迎え、
創建当初の様式で復元されました。

木造釈迦如来坐像

伝統ある興福寺本尊

二重円光の透かし彫りの光背
宣字型の裳懸座に結跏趺坐

像高 283,9cm
赤尾右京作 桧材 寄木造 漆箔 彫眼
文化8年(1811) 江戸時代

木造 薬王・薬上菩薩立像 重要文化財

心と身の病を治す

釈迦の脇侍として薬王・薬上を置くのは古式と言われています。

像高
薬王菩薩像:
薬上菩薩像:
桧材 寄木造 漆箔 彫眼
建仁2年(1202)・鎌倉時代

木造 四天王立像 国宝

鎌倉時代の傑作

かつて南円堂に安置されていた四天王像。

桂材 寄木造 彩色 彫眼
像高 197、2~206、6cm
鎌倉時代

厨子入り木造 吉祥天倚像  重要文化財

極彩色の吉祥天曼荼羅

厨子の扉には梵天・帝釈天、
奥壁には七宝山図が極彩色で。
暦応3年(1340)に施入され、中金堂に安置。

像高 64、3cm 厨子高 102、0cm
寛慶作・命尊筆
桧材 一木造 彩色 彫眼
南北朝時代

木造 大黒天立像  重要文化財

財宝神として信仰

怒りの顔をした厨房の守護神。
厳しい表情を残し、頭巾をかぶり、
短い袴をつけ、袋を左肩に背負って直立します。

像高 93、8cm
桧材 一木造 彩色 彫眼
鎌倉時代

法相柱

法相の教えを伝える

法相宗の祖師を描き、教義の系譜・伝統を示します。
「礼拝の対象」です。

1、無著菩薩 2、世親菩薩 3、護法論師 4、戒賢論師
5、玄奘三蔵 6、慈恩大師 7、淄州大師 8、濮陽大師
9、玄昉僧正 10、善珠僧正 11、別当行賀
12、真興上網 13、権別当蔵俊 14、解脱上人

高さ 約6,8m
周囲 約2,45m
岩絵具 紙本著色
祖師画完成:平成28年(2016)
祖師画貼上げ:平成30年(2018)

畠中光享画伯による祖師画が貼られていたのは、
中金堂の釈迦如来像に向かって左側の柱でした。

kouhata02.jpg

釈迦如来坐像は、江戸時代のものに
新しく金箔を押し直されたのだそうです。

写真で見ていたよりも
彫りがくっきりしていました。

光背の一部分に
生地の彫りのままの部分があり、
そこが年代が経っていることを感じられたのが嬉しく
真新しい仏像ではない落ち着きを感じました。

吉祥天像の厨子の扉は
閉じられていました。

落慶法要で置かれていた漆塗りの台の姿も
ちらっと見えて、その落慶法要を目にしているようでした。

大仏殿と同じように
中金堂の前のスペースが大きくとられていて
スケールの大きさを感じさせます。

グーンと後ろに下がって全体像の写真も撮りやすく、
開かれている場所から中の仏さまや柱絵が
ちらっと見えるのも嬉しさが高まりました。

 

関連拝観記事:大阪高島屋「興福寺の寺宝と畠中光享 展」

 

 

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