【大阪】総持寺 レポート

【大阪】総持寺 レポート

安時代の亀の背に立つ音様が本尊の
大阪・総持寺に行って来ました。

【総持寺】

補陀落山
高野山真言宗
886年(仁和2)、
藤原氏の中納言山蔭政朝の創建。

「亀の恩返し」で命を救われた山蔭が、
観音信仰の篤い父・高房の遺志を継いで
観音像を造立したという。

本尊の観音像は亀に乗った姿。
信長の戦火で脚を焦がしながらも
焼けのこり、「火除け観音」とも呼ばれる。

本尊を彫る仏師のために千日間、
みずから食事を供した山蔭は、
包丁道の祖とされる。毎年4月18日に、
古式ゆかしい「山蔭流包丁式」がおこなわれ、
全国から料理関係者が参列する。

山門(仁王門)

江戸時代中期(18世紀初頭)

楼門形式の門としては、北摂地方では
勝尾寺、久安寺と総持寺の3棟のみが現存する。

総持寺の定紋

総持寺には定紋が2つ定められています。
・桔梗
・竹に雀(仙台笹)

「桔梗」
総持寺を開かれた従三位中納言藤原山蔭卿の家紋

「竹に雀(仙台笹)」
奥州仙台藩・伊達家の家紋

金剛力士像

南北朝時代(14世紀)

本堂

元録12年(1699年)

本尊 千手観世音菩薩(秘仏)
木造 像高75,4cm 平安時代

総持寺開山・藤原山蔭卿が幼き日に淀川に落ち
生命の危機を大亀に救われたことへの報恩として寺を建立、
亀の背に立つ観音像を造立したと総持寺縁起に伝わる。

本尊の脇侍として右方に善女竜王、左方に雨宝童子が祀られる。

6月の地震と9月の台風により、
修復作業されていました。

本堂の前に鐘があり、
そのがとても良い音。

そこには、
「鐘は音様の御分身です。」
と書かれていました。

書いてある通り
鐘をしくつかせていただき

鐘の音が響く中、
ゆったりお参りさせて頂けました。

の中にお堂があって、
そこが閻魔堂が見えていたのですが

池の対側から閻魔堂を見てみると

閻魔堂

地蔵様の後ろに
閻魔堂の正面がありました。

その池には

が分けられていました。

金堂(薬師堂)

中世的な密教仏堂の平面形式。
四天王寺の大工により建てられた。

内陣厨子には
薬師如来(鎌倉~南北朝時代)が安置。

 

宝蔵(経蔵)

寛永20年(1643年)建立
校倉造
日本最小の校倉造建築

 

おまつりされている所のお供え物が
どちらもきれいにされていました。

その心地よさを強く感じた場所が、

ペット納骨塚

家族のように一緒に過ごしたペットと
また繋げられる場所として温かさを感じました。

 

総持寺 公式HP

 

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