法輪堂 拝観日記

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あべのハルカス美術館の「ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信」に行って来ました。ありがとうございます。

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現存する春信作品の8割以上が海外に所在。
日本で展覧会を開くのが最も難しい浮世絵師の貴重な作品が展示されています。

特筆される保存状態。
美しい色彩を誇る世界一の春信コレクション。

『ボストン美術館 浮世絵名品展 鈴木晴信』

2018年4月24日(火)~6月24日(日)
あべのハルカス美術館

鈴木春信は、錦絵創始期の第一人者と知られる浮世絵師です。若い恋人たちの姿、子どもを慈しむ家庭の幸福、古典の和歌や故事を題材にした見立絵・やつし絵など、詩的で洗練されたイメージを豊かな情感と強い色彩で表現しました。当時の江戸で評判の町娘や名所を主題に取り入れ、錦絵の大衆化に貢献したことでも知られています。現存する晴信作品の大半は海外に所在しているため、日本で展覧会を開くのが最も難しい浮世絵師といえます。

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春信を育んだ時代と初期の作品
第1章 絵暦交換会の流行と錦絵の誕生
第2章 絵を読む楽しみ
第3章 江戸の恋人たち
第4章 日常を愛おしむ
第5章 江戸の今を描く
春信を慕う



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今までの浮世絵のイメージは、
歌舞伎のようなインパクトが強さがあるものかと思っていました。

しかし、本物の晴信作品の浮世絵はとても繊細な品のあるもので、奥深い世界でした。

記念に選んだ絵ハガキはこちら。
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鈴木晴信「見立浦島」絵暦・鈴木晴信「女三宮と猫」

見る人の読む楽しさ

実物は、色の出し方が もっともっと上品で繊細。 描く線も、細く描かれています。 歌舞伎のインパクトの強さではなく、 舞台に使われる場面や瞬間の美しさ。 絵に文字を隠されている"絵暦"。 古典物語や故事の名場面をひそませ、 絵を読む楽しみを提供する"見立絵"・"やつし絵"。 見立絵ではどういう意味か 勉強しなければなりませんが、 「見立普賢菩薩」「見立文殊菩薩」など登場したりします。

摺った上から色

摺った上に色づけするというのですが、展示の途中から使われる色が黄色など増えます。淡い明るさも増した楽しさも感じ、淡い上品な和の色の魅力がありました。色には紙質の要素も大きいように音声ガイドの最後の方で思いました。

感動した、先人への配慮

模写でも、模写と分かるように 色を濃く出したり、 先人とくらべて 自分は「セミに墨をはわしたようなもの」 と表現する謙遜ではなく謙虚さと目標の高さ。 各作品ごとに題と説明だけでなく、 作品左に問い。 作品右に、問いに対する答えが絵での説明。 それでもまだまだ1作品で もっと楽しめそうで、 浮世絵の奥深さにハマりそうです。 ただ最後に、 急遽した晴信を慕い 没後数年は画風を変えず描き続けられたそうですが、制作費を抑えられるようになったのは、 薄利多売になっていったという話は どうしてもこの状況になってしまうのだと寂しくなりました。

後日談ですが、
ちょうどゴールデンウィーク企画で「実演!多色摺り木版画」の日時に行っていたみたいで、気づくのが遅すぎて残念なことをしました。

日本でなかなかお目にかかれないという晴信作品というのに、展示数は150。どの作品も内容のこもったもので目が嬉しい。最後までどの作品にも見入っている方がいらっしゃるほどあきさせない素晴らしい作品の数々でした。

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『ボストン美術館 浮世絵名品展 鈴木晴信』公式HP

四天王寺の「極楽浄土の庭」があるということで、ちょうど桜の見頃のころに行って来ました。

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【極楽浄土の庭】

「極楽浄土の庭」は、元々昭和8年に武者小路千家の茶匠木津家の三代目木津聿斎宗泉(1862~1939)の設計により造園されたもの。

中国唐代の僧善導が説いた「二河白道」の説話に基づく。
庭園に流れる2つの河は、貪りや執着を表す「水河」と瞋りや憎しみを表す「火河」であり、その間には衆生の善心と信仰心を表す「白道」が続き蓮池「極楽浄土の庭」に行き着く。参詣者は説話の通り、二河に落ちないよう細く作られた参道の白道を歩み極楽浄土の池を目指し、池に鎮座する阿弥陀三尊石の出迎えを受けることとなる。

また庭園には様々な季節の顔があり、桜や紅葉はもちろん、夏季には極楽浄土の池全体に茂る蓮華を観覧することができる。

お庭に入る手前に、

五智光院 (国の重要文化財)

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【五智光院】

 五智光院は、文治3年(1187)後白河法皇により建立されたのが始まりで、法皇は此処で灌頂(頭頂に法水を灌ぎ佛の智慧を頂いて佛種の萌芽を期し佛と結縁するための儀式)に勤め、灌頂堂と号したと伝えられる。現在のお堂は元和9年(1623)に徳川秀忠により再建されたもの。

ご本尊は五智如来で、ご本尊の他に如意輪観音像・大日如来像・普賢菩薩像聖徳太子摂政像がお祀りされている。また、江戸幕府将軍家の位牌を安置していることでも知られる。

お庭の入り口に入りました。

下馬

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ここでご注意を。
順路の矢印通り 左側に進みましょう。
瞋りから始まって穏やかに帰ることができます。
矢印反対に周ると、瞋りでお庭から帰ることになります。

御火の河(瞋り)

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釈迦の滝

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水の河(貪り)

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瑠璃光の池 薬師の滝

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荒陵稲荷大明神

【荒陵稲荷大明神】

 「正一位 荒陵稲荷大明神」。
その左の社には、だ枳尼天をお祀りする。
数ヵ所祀られていた社で現存するのは北東隅いわゆる鬼門鎮守のこの荒陵稲荷。



桜越しで見えにくいですが、
右が「和松庵」、左が「臨池亭」。
その左隣に「青龍亭」があります。

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和松庵

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【和松庵】

 昭和45年に故松下幸之助氏の寄進により数奇屋造りにて建てられた

極楽の池 阿弥陀三尊石

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八角亭 (国の登録有形文化財)

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【八角亭】

 明治36年(1903)に大阪天王寺会場を中心に開催された「第5回内国勧業博覧会」に於いて「小奏楽堂」として建てられた建造物である。

和補陀落の庭(観音浄土)

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一心大神

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【一心大神】

 一心大神は弁財天の別名で、厨子内には頭に宇賀神を随える白龍弁財天がお祀りされています。白龍弁財天と宇賀神はどちらも衆生を福をもたらす福の神であり、一心大神という名は『四天王寺一心聖典』祈願の一説「信心の香を焼いて一心を祈請するものなり」に由来します。

湯屋方丈(国の重要文化財)

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【湯屋方丈】

 元和9年(1623)徳川秀忠公による再建。
方丈とは住職の居室をさし、天海大僧正が四天王寺執務の際、在住されたのがこの方丈である。



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 今回は桜の季節でしたが、ぜひ蓮華の咲く頃にも見てみたいお庭です。

西本願寺の南隣の興正寺。

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前を通り過ぎようとした時に
門の外から見えるピンクの梅があまりにも見事なので見せて頂きに行きました。

【真宗興正派 本山興正寺】
阿弥陀如来を本尊とし、親鸞聖人を開祖とする真宗興正派の本山。円頓山。
仏光寺の経豪が1481年(文明13)本願寺の蓮如に帰依し、有力寺院とともに山科に興正寺(仏光寺の旧名)を建立したのが起こり。

興正寺の寺号は、日本に仏教をひろめた聖徳太子の事績にちなみ、「正しき法を興しさかえさす」との意味が込められている。

明治9年(1876)には、真宗興正派の本山となり、現在も「興隆正法」という願いのものと興正寺の歩みは続けられている。

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門をくぐると、左に白梅、右にピンクの梅が咲いていました。

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御影堂

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阿弥陀堂

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経蔵

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