法輪堂 拝観日記

『奈良 西大寺展』あべのハルカス美術館

西大寺といえば、お寺に行った時に
とても丁寧にやさしく西大寺について説明して頂いたのです。

そして本堂の中のずらっと並んだ灯篭と
仏像のおまつりされている光景が印象的で思い出深く思っていました。

西大寺展と聞けば、


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行って来ました!と言っても
吉祥天立像の時か、愛染明王像の時か悩みます。

考えた結果、
吉祥天立像の期間となりました


創建1250年記念
奈良 西大寺展 
叡尊と一門の名宝


2017年7月29日(土)~9月24日(日
あべのハルカス美術館

 西大寺は、奈良時代に創建された菅大寺を総称する「南都七大寺」の1つに数えられ、2015年に創建1250年を迎えました。奈良時代、聖武天皇・光明皇后の後を継いだ娘帝の称徳天皇が鎮護国家の思いを込めて開創し、東大寺などと並び称される寺格を誇りました。中世・鎌倉時代には、稀代の高僧・叡尊が出て、密教において戒律を重視した教え(後の真言律)を広め、「興法利生」をスローガンに独自の宗教活動を推進しました。その弟子忍性は東国に赴き貧者・病人の救済にあたり、また後世には、江戸時代に大和生駒山・宝山寺を開いた湛海らの活躍などによって発展し、数多くの仏教美術の名品をいまに伝えています。

国宝6件・重要文化財36件を含む全約80件。

【特別公開】
吉祥天立像(京都・浄瑠璃寺):7月29日~8月 6日
愛染明王坐像(奈良・西大寺):8月29日~9月24日

十二天像 伊舎那天(西大寺):7月29日~8月27日
十二天像 毘沙門天(西大寺):8月29日~9月24日

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第1章 西大寺の創建
第2章 叡尊をめぐる信仰の美術
第3章 真言律宗の発展と一門の名宝



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重文【塔本四仏坐像】 江戸時代(奈良・西大寺
(右上)釈迦如来   (右下)宝生如来
(左上)阿弥陀如来 (左下)阿しゅく如来


第1章 西大寺の創建

鎮護国家

天平神護元年(765)、鎮護国家の願いの下に平城宮の西に本格的な伽藍が開創された。父である聖武天皇が平城宮の東側に創建した東大寺に対して西大寺と呼ばれる。四天王堂に安置される増長天像の台座の邪鬼と洲浜のみに当初のものが残る。

塔本四仏坐像などの彫刻や十二天像などの仏画、『金光明最勝王経』などの経典、当初の伽藍の様子を伝える記録、絵図、発掘された瓦などにより、創建当初から平安時代にかけて西大寺の有様を第一章で紹介。



重文【称徳天皇像 住吉広保作】 江戸時代(奈良・西大寺
称徳(孝謙)天皇は、聖武天皇と光明皇后の第一皇女として誕生。
鎮護国家の功徳を持つ四天王を核とする伽藍を本格的に開創した。
これが西大寺。
毎年8月4日の女帝忌日にこの画軸を掛けて年忌法要が営まれる。

【塔本四仏坐像】 江戸時代(奈良・西大寺

西大寺創建後まもなく建てられた2基の塔のいずれかの塔の初層に安置されたと伝えられる。

国宝 【金光明最勝王経】 奈良時代(西大寺)
国王が本経をよく受持・読誦すれば、
四天王がその国を擁護し災難などを除くという四天王護国思想を説く。
奈良仏教の鎮護国家理念の根幹をなす経典。


第2章 叡尊をめぐる信仰の美術

興法利生(こうぼうりしょう)

都が平城京に移された後、奈良の社寺は苦難の時代を迎えた。鎌倉時代に中興の祖 叡尊が登場。

叡尊の活動の理念は「興亡利生」といわれる。。

第二章では、叡尊やその直後の時代に西大寺や奈良周辺の一門の寺院で制作された絵画、彫刻、工芸品を中心に、興法利生に身を奉げた叡尊にかかわる信仰や救済の活動を紹介。


国宝【興正菩薩坐像・善春作】 鎌倉時代(西大寺)

【宇治浮島十三重石塔納置品】 鎌倉時代(放生院)

重文【金銅火焔宝珠形舎利容器】 室町時代(西大寺)

重文【釈迦如来立像・善慶 他作】 鎌倉時代(西大寺)
叡尊が仏師善慶らに清凉寺において模刻させた像。
『感身学正記』に造立の過程が記された数少ない仏像の1つであり、
叡尊一門の釈迦信仰の根本像ともいえる重要な釈迦如来像である。
清凉寺の釈迦如来像は、
釈迦在世中うでん王により造立されたと伝える釈迦如来像を模して現地の仏師に造らせた。

【文殊菩薩騎獅像・康俊・善円作】 (西大寺)

重文【吉祥天立像】 木造彩色 像高90,0 鎌倉時代(浄瑠璃寺)
浄瑠璃寺本堂に安置される厨子入りの吉祥天立像。
『浄瑠璃寺流記事』に、建暦2年(1212)に吉祥天を本堂に渡し奉ったとされる。
当初納められていた厨子の扉や壁面には、
八臂弁才天・四天王・梵天・帝釈天などが描かれ、
本像を含めて『金光最勝王経』に説く諸尊が表されている。

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第3章 真言律宗の発展と一門の名宝

叡尊の教えは彼に連なる律僧たちによって全国各地に広がる。

東国では、叡尊のもとで学んだ忍性が鎌倉を拠点をとして貧民救済などの社会福祉事業や道路・橋梁の建設などに尽力し、鎌倉幕府の要人から庶民まで広く信仰を集めた。江戸時代には奈良・生駒に宝山寺の湛海、大阪・樟葉の久修園院の宗覚らが活躍し、金瀬の仏教美術に彩を与えている

第三章では、極楽寺、称名寺、浄土寺、国分寺などの寺宝、近世の湛海や宗覚などにかかわる彫刻、絵画など中心に真言律宗の全国的な広がりや時代的な展開を紹介。



重文【普賢菩薩騎象像】 平安時代(岩船寺)
六牙の白象上の蓮華座に坐し、
胸前で合掌する普賢菩薩像で
その姿は『法華経』普賢菩薩勧発品などの諸説に基づくものとされる。

重文【閻魔王坐像】 鎌倉時代(東大寺)


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一番印象に残ったのは、叡尊の宇治での話。
音声ガイドで聞いた少々あいまいな記憶ですが、
宇治川で漁をしている人たちに殺生をさせないよう
お茶の栽培を教えたというように聞いたのですが...
橋を渡したりといったお話が素晴らしいお話でした。

たくさんの舎利容器。大壇、法具なども並び、
どの仏像の上にもタペストリーで結界をはられていたのが胸にグッときました。

浄瑠璃寺の吉祥天立像は、
360度ガラスケース越しで観せて頂けました。
帯布先まで繊細な動きがあるもので、
仏像というより神像の神秘的な空気感がある
女性らしさというか艶やかさを感じました。
その静かな空気感は、岩船寺の普賢菩薩像からも感じるものでした。

即会場近くに記念撮影スポットに小道具が!

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人が少なかったので
法輪堂店主も撮ってみました。

ほかに誰も撮っていないので団体さんに注目されて
恥ずかしいから自分たちで大笑いしておきました。

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【奈良 西大寺展】 (公式HP)










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