法輪堂 拝観日記

微笑む弥勒菩薩半跏像の広隆寺 拝観日記

微笑む弥勒菩薩。 称賛する記事を見て、
どうしても会いたくなり広隆寺へ行って来ました。

楼門の横に、あの国宝 弥勒菩薩半跏像(宝冠弥勒)のお顔が。

広隆寺 弥勒菩薩


蜂岡山 広隆寺
聖徳太子建立七大寺のひとつとされ、京都で最古の寺。真言宗の単立寺院。
『日本書紀』によれば、603年 秦河勝が聖徳太子から仏像を賜わり創建したとされる。
太子が622年に没したとき、その供養のために建立。
鎌倉時代に太子を祀る桂宮院(国宝)再興。
国宝第一号の宝冠弥勒像など仏像の一大宝庫。


南大門(仁王門)  江戸時代

広隆寺

広隆寺 仁王門

広隆寺 仁王門


1702年(元禄15)建立の3間1戸の楼門。
室町時代の造立という仁王像を安置。


講堂(重文)  重文 平安時代

広隆寺 講堂


永万元年(1165)に再建された京洛最古の建物。
俗に「赤堂」と呼ばれている。

【阿弥陀如来坐像】 (国宝)平安時代 像高261,5cm
永原御息所の発願の像とされ、淳和上皇の追善供養のための造立と考えられる。
極楽浄土で説法をする姿をあらわす「転法輪印」。

【地蔵菩薩坐像】 (重要文化財)
【虚空蔵菩薩坐像】 (重要文化財)

上の画像でも見えているように入り口が木で覆われて見えません。
通り過ぎようとしたのですがやはり気になり前まで行ってみました。
扉は締まっていて中に入れませんが、お賽銭の小さな四角い穴から
中を見てみると、大きなお仏像が3体。通り過ぎず行ってみて良かったです。


薬師堂

広隆寺 薬師堂


【霊験薬師仏檀像】
山城国乙訓郡の乙訓社(向日明神)の前の一本の神木。
平安時代の神仏習合の形をとった珍しい天部系の薬師如来。

上宮王院太子殿(本堂) 江戸時代

広隆寺 上宮王院太子殿(本堂)


【聖徳太子立像】 平安時代 像高148,0cm
太子が秦河勝に広隆寺を建立させたころの33歳の太子の姿を写すという。
歴代天皇の即位式に用いたものと同じ御袍を着用した像。
現在の像は、今上天皇即位後、1994(平成6)に下賜された。
毎年11月22日に開扉される。

地蔵堂

広隆寺 地蔵堂


【地蔵菩薩坐像】(腹帯地蔵)
弘法大師が諸人安産、子孫繁栄の御請願にもとづいてお作りになった御尊像である。


新霊宝殿

広隆寺 十善戒

入り口近くに「十善戒」が掲示されていました。


広隆寺 新霊宝殿


【弥勒菩薩半跏像(宝冠弥勒)】 国宝 飛鳥時代 像高123,3cm
56億7000万年後にこの世にあらわれ人々を救うという未来仏。
下ろした左足の上に右足を組んで坐し、右手を軽く頬にあてる半跏思惟の姿。
この像は兜率天で修業している弥勒菩薩が末法の世の衆生をいかに救世しようかと思索にふける姿といわれる。
もとは金色に輝く漆箔ぞうであったとおもわれる。

【弥勒菩薩半跏像(泣き弥勒)】 国宝 飛鳥~白鳳時代 像高90,5cm
【聖徳太子半跏像】 重文 鎌倉時代 像高57,9cm
【千手観音立像】 国宝 平安時代 像高264,0cm
【千手観音坐像】 重文 平安時代 像高262,1cm ...定朝の師康尚の作とする説もある
【不空羂索観音立像】 国宝 平安時代 像高311,0cm
【日光・月光菩薩立像】 重文 平安時代
【十二神将立像】 国宝 平安時代
【秦河勝神像】  重文 平安時代

「弥勒菩薩半跏像」の微笑みは、たしかに微笑みでした。
思索にふける姿で微笑みという表現が深刻ではないようで救われます。
「不空羂索観音立像」の切れ長な目が魅力的です。
「十二神将立像 安底羅大将像」の狙いを定めて弓をあてようとするその姿が印象的です。
新霊宝殿内は暗く仏像にスポットライトが当たっていてずらりとスゴイ仏像が並んでおられて充実の時を過ごしました。また行きたい場所です。


弘法大師御真筆 般若心経

広隆寺 弘法大師筆 般若心経

新霊宝殿の入り口に展示されていて値段が書いてあり「これは売ってあるものなのか!」と恐る恐る聞いてみると、買えるモノでした。これは貴重と購入しました。裏側には色んな御真言が書かれています。










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