法輪堂 拝観日記

観心寺 2014

河内長野市にある観心寺に行って来ました。

観心寺 山門.jpg

観心寺

高野山真言宗。
701年に役小角(えんのおづぬ)が開創。
808年、弘法大師空海が訪れ北斗七星を勧請
弟子真紹が堂塔・仏像を整備。

南北朝時代、後醍醐天皇の帰依をうけ、南朝の勅願寺となる。
楠木正成幼年時代の学問所でもあり、建掛塔・首塚がある。

河内長野は、高野山と京を結ぶ街道の拠点。
高野山と京都の往復の中宿として空海が観心寺をひらく。

古代の河内は、5~7世紀にかけて、
中国・朝鮮半島からの渡来人が多く住み、高い文化を誇った。
7世紀には最古の官道といわれる竹内街道が通り、遣隋使・遣唐使もこの道を通った。
大和の飛鳥との交流も活発だった。


観心寺 花の寺.jpg

関西花の寺 観心寺

札番25番。
残念ながら訪れたのが7月で
観心寺の花ごよみにある花の時期ではありませんでした。
梅・桜・紅葉がきれいなお寺のようです。

観心寺 水屋.jpg

龍の口からのお水で清めてすすみます。

金堂前の礼拝石

観心寺 礼拝石.jpg

808年、弘法大師空海が厄除けのため
観心寺で北斗七星に祈願したところ、
空から星が降りてきたと云われる。
その後、北斗七星の中心に如意輪観音(国宝)を刻み本尊とされた。


観心寺 金堂.jpg

ご本尊 如意輪観音

弘法大師御作
日本で5番目の国宝
平安時代の密教彫刻の最高傑作
日本三大如意輪観音のひとつ(観心寺・室生寺・神咒寺)

ご本尊の厨子の扉は閉じられており、
厨子の前に写真が置かれていました。
ご本尊左右の厨子には、
不動明王・愛染明王像が安置されているそうです。

厨子前を平安時代の四天王像(重文)が護っています。

手前には御真言など書かれた看板があった中に
こんな教えが書かれていました。
「願い事-
目先の結果を決めつけるより先まで見通している仏さまにお任せしましょう。
ゆっくり拝んで、心が楽になる事が大事です。」

金堂(国宝)

観心寺 金堂2.jpg

如意輪観音のお写真から手前に目線を移すと、
板に描かれた両界曼荼羅が

観心寺 壇

左右に向かい合わせになっていて、
それぞれ大壇がありました!

建掛塔

観心寺 建掛塔.jpg

室町時代 重文
楠木正成が三重塔の発願したが戦死したため、
初層のみで中断されたと伝わっています。
内部には、大日如来像が安置されているそうです。


弁天堂

観心寺 弁天堂.jpg

破軍星塚

観心寺 破軍星塚.jpg

密教図像の『七星如意輪曼荼羅』は、
不空訳の『七星如意輪秘密要経』を出典とし
如意輪観音を主導、北斗七星と訶梨帝母を眷属とする曼荼羅。
観心寺は、境内にこの曼荼羅を忠実に立体化した唯一の寺。

金堂手前から時計回りに、
貪狼星・巨門星・禄存星・文曲星・廉貞星・武曲星・破軍星
と巡り、鎮守の訶梨帝母天堂で完結。

観心寺 北斗の塩.jpg
日本唯一の北斗七星巡礼地である観心寺の御祈祷清浄塩

行者堂・修行大師像

観心寺 行者堂.jpg

開山堂

観心寺 開山堂.jpg

境内に、たいへん笑い顔の布袋尊がおられました。
近づいていくと、こちらも自然に笑い顔になるぐらいの
大笑いという表情で豊かさがあふれる布袋さんでした。


大楠公銅像

観心寺 大楠公銅像.jpg
駐車場に見上げると、勇ましい姿の銅像があります。

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