法輪堂 拝観日記

三井寺展

大阪市立美術館での、
「国宝 三井寺展」へ行って来ました。

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 「国宝 三井寺展」は、
 
 〔大阪展〕 大阪市立美術館
 平成20年11月1日(土)~12月14日(日) ※会期終了

 〔東京展〕 サントリー美術館
 平成21年 2月7日(土)~ 3月15日(日) ※会期終了

 〔福岡展〕 福岡市博物館
 平成21年 4月1日(水)~ 5月10日(日) ※会期終了
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三井寺展1.jpg

 「国宝 三井寺展」 

三井寺は
天台寺門宗総本山三井寺(園城寺)です。

天台寺院として中興した智証大師円珍が
中国へ渡り、入唐求法の旅で貴重な経典や、
のちの密教美術に大きな影響を及ぼす図像や
法具類などを持ち帰りました。

唐から帰朝して1150年目の今年に
記念して「国宝 三井寺展」が開催され
門外不出の秘仏をはじめ
約190件の名宝が一堂に公開されました。

公開された秘仏は、
天台寺門最高の儀式である伝法灌頂の受者しか
拝することのできない厳かな秘仏となっています。

密教美術と桃山絵画の至宝が織りなす
三井寺の魅力のすべてが
堪能できる展示となっています。

三井寺展2.jpg

● 第1章 智証大師円珍

 円珍(814~891)
  ・ 母は、弘法大師空海の姪
  ・ 15歳で比叡山に登り天台座主義真に師事
  ・ 得度受戒し、12年間の籠山修行
  ・ 天台宗の密教化をはかるため入唐
  ・ 長安で青龍寺の法全阿闍梨から密教学ぶ
  ・ 在唐5年、858に帰国
  ・ 比叡山(山王院)に住み、
    三井寺の再興をはかり、後に寺院派の祖と呼ばれた。
  ・ 天台宗密教にささげた一生だったといえる。 

 一、肖像と伝記

 二、出自と僧歴

 三、入唐の足跡

 四、求法の成果と教学

 五、天台座主円珍



● 第2章 円珍ゆかりの仏たち

 ・ 三井寺には信仰上の理由から
   秘仏とされる尊像が数多く伝えられる。
 ・ <円珍の守護神> 訶梨帝母・黄不動尊・新羅明神
 ・ <円珍の請来した膨大な経典・図像> 
   個性あふれる尊像が三井寺で生み出された。
   密教の図像類は、
   後世宗派を越えた密教の学匠たちから注目される。

 一、円珍ゆかりの仏たち

 二、円珍請来図像とその展開



● 第3章 不死鳥の寺の歴史と遺宝

 白凰時代に創建された三井寺は、
 奈良時代以前の遺宝には恵まれてはいない。
 円珍による中興以後、
 皇族・貴族の篤い帰依を受けつつ
 権門寺院として繁栄してきた。

 特に三井寺は数々の不動明王の姿を
 生み出した場として重要。

 一、歴史と門流

 二、絵画

 三、彫刻

 四、工芸


● 第4章 信仰の広がり

 三井寺を支えた原動力は
 山岳信仰を源とする修験道であり、
 西国三十三所霊場としての観音信仰であった。

 一、三井修験とその美術

 二、西国三十三所観音霊場としての三井寺

 三、三井晩鐘~描かれた三井寺~


● 第5章 勧学院障壁画と狩野光信

 三井寺には、
 豊臣家による復興事業によって建てられた
 勧学院客殿、光浄院客殿があり、
 当時の貴重な障壁画も残されている。

 勧学院客殿の筆者として伝わる狩野光信は、
 桃山後期の画家として評価が高い。
 2008年は、没後400年に当たる。

 一、三井寺の障壁画

 二、狩野光信の画業をめぐって


● 第6章 フェノロサの愛した三井寺

 アーネスト・F・フェノロサは、お雇い外国人として来日。
 美術教育や美術行政の確立に努めたことでも広く知られている。

 三井寺法明院の住職であった桜井敬徳師と出会い、
 その導きにより受戒し帰依している。
 2008年は、没後100年に当たる。

三井寺展3.jpg


● 第1章 智証大師円珍 

一、肖像と伝記

〔維摩居士坐像〕 木造彩色 滋賀・延暦寺

 「維摩経」に登場する優れた知恵をもつ
 在俗の仏教者の維摩居士。

 維摩に喩えられることもあった円珍の形姿を
 取り入れられた可能性がある像といわれています。

 像全体から醸し出される空気が
 近寄りがたい剛直な感じを強く感じました。


● 第2章 円珍ゆかりの仏たち

一、円珍ゆかりの仏たち

〔訶梨帝母倚像〕 木造彩色 三井寺

 唐服を纏い、榻座に右足を踏み下げ
 左手に、幼児を抱き
 右手に、吉祥菓(石榴)を持つ
 訶梨帝母像です。

 「なんて、母親の優しい温かさを感じる像だろう。」
 そう思いました。

 幼児を守るかのように抱いている姿からは、
 抱いている幼児だけでなく
 世にいる子どもすべてに愛情を注ぐかのような
 母親のような愛を感じさせていました。


二、円珍請来図像とその展開

〔閻魔天曼荼羅図〕 絹本着色 三井寺

 インド神話に、死の象徴として登場する焔摩天。
 密教では、護法神として十二天の一尊とされます。

 髭を蓄え甲冑に身を固めた忿怒相で
 左手に人頭幢を執って牛の背に跨っている
 閻魔天が中心に描かれています。

 忿怒相ということですが
 何故だか温かさが伝わってくるように思いました。


● 第3章 不死鳥の寺の歴史と遺宝

一、歴史と門流
〔大蔵経(足利尊氏願経)〕 紙本墨書 三井寺

 仏教の経典を集成した一切経とも称される大蔵経を
 足利尊氏が発願した墨書。
 最後の行の「尊氏」の名だけが尊氏の実筆。

 同じ大きさの経文の字が並ぶ中、
 尊氏の字だけが少し大きくと書かれています。


二、絵画
〔泣き不動縁起(三井寺縁起)〕 奈良国立博物館

 重病の三井寺の僧の
 身代わりになって苦しむ弟子の僧が
 日頃から信仰する不動明王画像に祈念した。

 不動がその志を哀れみ、その身代わりとなった。
 不動は目に涙をためて地獄に引き立てられていった。
 冥界の王たちは不動に礼拝し
 不動が白雲に乗って帰還すると僧の病も全快した。

 不動明王が何に涙したのか。
 病の姿が走り回ったり
 最後に僧の後ろに立つ不動明王が
 僧を慈愛深いような立ち姿であったり
 楽しい温かく表現されていました。
 

三、彫刻
〔毘沙門天立像〕 三井寺

 毘沙門天立像が2体並んでいたのですが、
 手元の袖や足元の裾の動きが素晴らしい像でした。

 木片を不規則に周りに付けられているかのような台座が
 山の上や岩の上に立っておられるかのような姿に見え
 惹きつけられました。


〔釈迦三尊坐像〕 康温作 木造素地 三井寺
  釈迦如来・文殊菩薩・普賢菩薩

 釈迦如来像とのことですが
 頭部より大きな透かし冠などの
 装身具をされています。

 釈迦如来坐像の左右に
 肩ほどの大きさの
 文殊菩薩坐像と普賢菩薩坐像が
 安置されています。
 こちらも大きな冠をしておられます。

 その冠に惹きつけられ近づいたのですが
 結跏趺坐されている足元の衣が
 大変美しく整えられた表現となっています。

 よく見ていくと、
 衣の截金による精緻な文様が確認できます。 


〔騎獅文殊菩薩懸仏〕 銅・木製 径63.5

 文殊菩薩像は亡失しているということですが
 板状の円形を背景に
 中央に、獅子(文殊菩薩騎象像)
 上に、天蓋 
 左右に、花瓶・常花
 前に、香炉と六器が並んでいます。

 確かに文殊菩薩様が居られた空気を感じさせます。
 獅子のきれいな造りから見せて頂いて
 きっと素晴らしい文殊菩薩様ではなかったかと
 思いました。

 ・懸仏 ... 御正体ともいう。
      寺院の建築の軒下や厨子の上部などに
      懸けている仏像のことをいう。


● 第4章 信仰の広がり

〔西国三十三所観音像〕 刺繍一幅 岐阜・華厳寺

 230.0×175.5cmという
 大きい掛軸ですが
 国名・札所名・順番・御詠歌・諸尊の像容を
 なんと刺繍されています。

 目を凝らして確認しましたが
 針穴も無く、細く、細かく刺繍されていました。
 完成まで何年掛けられたのでしょうか。


〔菊慈童図〕 板絵着色 三井寺

 三井寺の観音堂に奉納された絵馬。

 中国古代の周の穆王に仕えた侍童「菊慈童」。
 菊の露を飲んで不老不死となったという伝説。

 小川なような前に足を崩して座った
 菊慈童の周りに沢山の菊が咲いています。

 絵馬から華やかなパワーが出てきているようでした。

国宝「黄不動尊」の展示がされている期間に拝観することが出来ました。


第4章までの展示を進み部屋の手前の垂れ幕の掲示文を読み
いざ、秘仏展示室へ入ります。

三井寺展4.jpg

 秘仏開扉 


〔智証大師坐像(御骨大師)〕 国宝 木造彩色

 円珍の遺骨を納めると伝えられており
 御骨大師と称されています。


〔智証大師坐像(中尊大師)〕 国宝 木造彩色

 唐院大師堂の中央に安置されている中尊大師。


〔不動明王像(黄不動尊)〕 国宝 絹本着色

 日本三不動とも称される黄不動尊。

 円珍が25歳の時に、
 岩窟で修行中に現れた金色の不動を描かせたものです。

 絹に着色された黄色が
 金色(こんじき)という表現がピッタリの
 暗い岩窟の中で輝く燈のようでした。


〔新羅明神坐像〕 国宝 木造彩色

 新羅明神は、
 円珍の入唐の帰途に船中で教法の守護を約し、
 請来経典を太政官に提出した時には
 円珍を三井寺に導いた神とされています。

 目尻がとても下がっており、真っ赤な唇。
 真っ白いお顔には
 独特の感じを受け一瞬身がすくみますが
 神秘的な感じも受けます。

 平安時代のもので、彩色は当時のままのようですが
 色はとても綺麗に残っています。


〔五部心観〕 国宝

 金剛界曼荼羅の諸尊を描いた白描の密教図像。
 長安青龍寺にて師の法全から授けられた。


〔不動明王立像(黄不動尊)〕 重要文化財

 円珍入唐の際、嵐で琉球に漂着しそうになった
 船中に現れて危難を救った金人を刻んだと伝えられています。

 この黄不動尊の写真が、「国宝 三井寺展」のチラシや看板に
 使われています。

 黄色い色は、輝きのような黄色であり
 写真とは全く別物です。

 お腹などの筋肉など、
 皮膚は柔らかくて脈を打っていて
 今にも動き出しそうです。

 台座は木の繊維がそのまま生かされ
 自然の上に立っておられる姿を
 身近で拝見しているようでした。

 その台座には、
 金や緑色などがサッと軽く色がついていますが
 花文様も描かれています。
 台座の一番下には、塗りの板となっており
 上の面には波しぶきが描かれています。

 像の足は、力を込めているので
 足の親指が上がっています。


〔如意輪観音菩薩坐像〕 重要文化財

 西国三十三観音霊場十四番札所の
 三井寺観音堂の秘仏本尊と祀られる
 六臂の如意輪観音像。

 右肩から右手かけてのライン
 首の傾き具合から出されるものから
 安心感などを与えられるように思いました。


 「国宝 三井寺展」の感想 


天台寺門最高の儀式である伝法灌頂の受者しか
拝することのできない厳かな秘仏を

そのような貴いお姿を
ガラス越しで、わずか数センチのところで
拝見している ・・・

「今、秘仏の目の前に居る」
そんな自分を冷静に確認すると

恐れ多く感じて
どんな姿勢をしたら良いのやら
とても複雑な気持ちになりました。

目の前だけでなく
隣にも
その向こうにも
反対側にも
秘仏が見えるのです。

驚嘆し、今も目の前にその光景が蘇ります。

秘仏ですので、拝礼させて頂く機会が少ないだけに
心の中で輝く貴重な記憶となりました。

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「近畿三十六不動尊霊場会 開創三十周年 出開帳 拝観日記」はこちら。








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