法輪堂 拝観日記

京都国立博物館 japan蒔絵

京都国立博物館では、
「japan 蒔絵―宮殿を飾る 東洋の燦めき―」
(10月18日~12月7日)の
特別展覧会となっています。 


蒔絵とは

 漆器の表面に、漆で文様を描き
 漆が乾かないうちに金銀粉を蒔き付ける
 日本独自の装飾技法を、「蒔絵」といいます。

 桃山時代に来日したヨーロッパ人が本国に持ち帰り
 以来、蒔絵が輸出されるようになりました。
 王侯貴族は、蒔絵を宮殿を飾ったといいます。

 蒔絵の世界史ともいえる今回の特別展に
 マリー・アントワネットの蒔絵の旧蔵品や
 ポンパドゥール侯爵夫人ゆかりの品々も
 展示されるとあり、行ってきました。

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特別展のチラシ 

 京都展の後、東京展となるようで
 それぞれのチラシのデザインが異なります。
 京都展のチラシは、
 赤が基調となったデザイン。
 東京展のチラシが、
 黒が基調で金の縁の文様のデザインとなっています。

 京都展のチラシは、
 真ん中上部に、マリーアントワネットの肖像画の下を
 「楼閣山水蒔絵ポプリ入れ」となっています。

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特別展の演出 

 京都国立博物館での出入口の看板は、
 アーチ型の3つの出入り口の真ん中を
 かたどった形で格好良くマッチしています。
 デザインも、黒地に金と蒔絵を感じさせます。


 今回の展覧会は、この様な西洋風を感じさせる
 演出がされていました。
 所々に、白いベンチがさりげなく置かれている上に
 本展覧会の図版目録が置かれていたり、
 国立博物館の白い西洋風の柱を生かして
 ステージの様な台の上に展示されていたりします。
 漆蒔絵とともに海を渡って外国で観ているか
 舞台を見ているかのようでした。

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● 第1章 中世までの蒔絵 ●

  日本における10世紀から16世紀にかけての優品の展示

蒔絵は、漆の樹液と金属粉を用いて文様を表現する工芸技法です。
金や銀など高価な材料を用い、手間のかかる複雑な工程を経て作られます。
大陸に由来しますが、本国では廃れ、日本独自の発展を遂げました。

古代から中世までは、宮廷・寺院・貴族などの特権階級に限られました


〔第1章の感想〕

  経箱・蒔絵手箱・蒔絵舎利厨子・蒔絵硯箱などの
  10から16世紀の展示でした。
  「硯箱」は、歌を元に蒔絵となっています。
  このような硯箱をお使いになるとは、
  なんと優雅な風景だろうと思い浮かべながら拝見しました。


〔黒漆一切経唐櫃・平安時代〕

  一切経を納めた外箱です。
  中の「経箱」は5段が重なり
  一切経の10巻の経巻が
  見えるようになって展示されていました。
  金平蒔絵で描かれた蓮弁は、
  シンプルなラインで大変惹き付けられました。


〔手板 塗工程・巻地見本〕

  長細い1枚の板に、漆塗りの工程を
  上に行くほど約2cm位ずつ重ねられていき
  漆塗りの変化と工程の名前が右に朱色で書かれています。
  「木地固め」から「仕上げ・磨き」までの
  工程を見る事が出来ます。
  木目が見えたり、
  黒くなったかと思えば肌色っぽくなったり
  また黒っぽくなったりと何度も繰り返し
  最後にようやく黒く艶のある輝きが出ます。
  完成品だけを見ていると、
  これ程の手間が掛かっている事を忘れてしまいますが
  手間が重ねられた上での輝きであることを
  これからは思い出しながら接していきたいと思いました。

   「工程 (手板に朱色で書かれている名前のみ)」
 ・木固め
 ・布着せ
 ・布目揃え
 ・布目摺り
 ・蒔地1回
 ・蒔地2回
 ・地固め
 ・地研ぎ
 ・地固め
 ・蒔地切粉1回
 ・蒔地切粉2回
 ・固め
 ・研ぎ
 ・固め
 ・錆地1回
 ・錆地2回
 ・固め
 ・研ぎ
 ・固め
 ・下塗り
 ・下塗り研ぎ
 ・中塗り
 ・中塗り研ぎ
 ・上塗り
 ・上塗り研ぎ
 ・摺漆1回
 ・胴摺り磨き
 ・摺漆2回
 ・磨き
 ・摺漆3回
 ・仕上げ磨き


〔牡丹蒔絵手板〕

  漆芸装飾の着手から完成までを
  9枚の手板によって工程を見る事が出来ます。
  工程を重ね、立体的に盛り上げられ
  高蒔絵の牡丹が仕上がります。

  高蒔絵の仕上がりを見ると「凄いなぁ。」の
  一言で終わってしまう事もありますが、
  よく見てみると盛り上がりも色も
  何層もあり3次元の立体的な芸術である事が分かります。

  この9枚の手板から、
  最終的な仕上がりを想定された上で
  花びらの先端や葉脈のみに施される工程や
  施す工程の順番や色を判断されて
  作り上げられる芸術であると思いました。
  きっと技術・腕と同じぐらい
  この工程を決める判断が
  仕上がりに違いが出るように思います。


● 第2章 西洋人が出会った蒔絵:高台寺蒔絵 ●

  ポルトガル人が種子島へ漂着した頃の日本は、
  戦乱に明け暮れていました。

  豊臣秀吉の天下統一によって長い乱世が終わり
  新興の武士たちは、
  日用食器や建築部材まで
  蒔絵で彩るようになりました。
  大量注文に応えるために、
  「高台寺蒔絵」が作られました。
  明快な図柄を単純な技法で描きながら
  最大限の装飾性を生みだす蒔絵です。

  西洋人は、この黒漆と黄金のコントラストが
  創造される「高台寺蒔絵」に本国に持ち帰りました。


〔第2章の感想〕

  黒地にその物全体いっぱいに
  1つの模様も大きく
  金の中にも
  赤っぽい色も効果的に入れられ
  とても華やかな仕上がりとなっていました。

  鏡台など、花嫁道具としても
  図柄が次々競って求められ
  生み出されたのだろうなどと想像が膨らみました。

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● 第3章 大航海時代が生み出した蒔絵:南蛮漆器 ●

  16世紀半ば以降、宣教師と商人が
  西洋から続々と来日しました。

  「南蛮人」と呼ばれた彼らは、
  自分たちが用いる道具(キリスト教の祭礼具や家具)に
  蒔絵を施すよう注文しました。
  彼らはそれを本国へ持ち帰ったり、
  他国へ輸出したりしました。
  「南蛮漆器」と呼ばれる輸出漆器です。
  黒漆地に金の平蒔絵と螺鈿を組み合わせて
  隙間なく文様を描いています。

  南蛮人は、日本だけでなく
  寄港地ごとに現地の工芸技術を用いて
  家具や宗教用具を作らせました。


〔第3章の感想〕

  蒔絵に幾何学文様と螺鈿を使い
  物全体にぎっしり施されています。
  じっくり見てみると、花もどこか洋風な
  描き方のようにも見えます。
  どんな中にも蓋の裏に日本の風俗画などが
  描かれており、蒔絵という技術だけでなく
  日本の感覚というものも受け入れられている様で
  嬉しく思いました。

  その頃の南蛮人注文の
  インド製の箪笥などの展示もありました。
  幾何学文様に象牙も使って模様を入れていたり
  研ぎあげるなどという工芸技術は
  南蛮漆器と似たものがありました。


● 第4章 絶対王政の宮殿を飾った蒔絵:紅毛漆器 ●

  17世紀、江戸幕府の政策により
  貿易国がオランダと中国に限られました。

  描かれる文様は、余白を大きく残した
  絵画的表現が主流となりました。

  平蒔絵に加えて、レリーフ状の高蒔絵が多用され
  漆黒を背景に黄金の文様がより際立ちます。

  「紅毛漆器」と呼びます。

  西洋における蒔絵の人気は益々高まり
  日本の蒔絵は、富と権力の象徴でもありました。
  蒔絵をはめ込んだバロック様式やロココ様式の家具が
  ヨーロッパで作られるようになりました。


〔ファン・バイテンヘムの辞令書筒および辞令書 江戸時代〕

  出島の商館には、漆器の注文が文書で届き
  これに基づいて日本人との交渉にのぞまれました。
  長い筒型の容器に商館長のイニシャルと
  盛りだくさんな模様の蒔絵となっています。

  収蔵庫に眠っていたが、
  2007年に学芸員によって
  重要性が見い出されたようです。
  修復されたようですが、
  新品の様な綺麗な金の状態で
  模様もはっきりしていました。
  紅毛漆器の特徴の高蒔絵で
  大きく金を使われているので
  そう見えたのかもしれません。


〔花唐草蒔絵交椅〕

  折畳み式の椅子の木の部分に
  細かい図柄の蒔絵が施されています。
  オランダにあった事が知られているのだそうです。

  一目では蒔絵だと気がつかない位の
  加飾となっていますが、
  目を凝らして見てみると
  東洋の文様となっているので感動します。


〔フランス宮廷衣装〕

  フランス宮廷衣装には豪華なイメージを
  持っていたのですが、展示されていた布地は
  綿地に細かい刺繍やフリルで装飾された衣装でした。

  服飾の世界でも、異国趣味はもてはやされたという事での
  展示だったのだと思います。

  インド更紗は、プリント産業を
  その素材である綿の紡績は、
  イギリスで産業革命を発展させました。


● 第5章 蒔絵の流行と東洋趣味 ●

  17~18世紀の西洋では、
  「シノワズリ」と呼ばれる東洋趣味の流行がありました。
  イギリスでは、日本の蒔絵が「japam」と呼ばれました。

  日本の蒔絵は、西洋のワニスの技法で模造されるまでになり
  高蒔絵をワニスで巧妙に再現されるようになりました。


〔ポンパドゥール公爵夫人の肖像 油彩〕

  ルイ15世の寵妃の肖像画。

  この肖像画は、
  「女神の画家」と呼ばれたナチエの作品です。

  ポンパドゥール公爵夫人は、
  あらゆる知的活動を司る女神ミューズとして
  文芸の庇護に大いに尽くしました。
  先日、調べ物をしている際
  「公爵夫人の書庫には大変多くの本があったにも拘らず
  そのほとんどの本には目を通された跡が残っていた」
  との記されているものを読みましたので
  女神ミューズとして当時の著名な画家たちが集まり
  事物と肖像画を残したという事に納得しました。

  何故、ポンパドゥール公爵夫人の肖像画が
  この特別展で展示されたのでしょうか。
  それは、西洋のニスで蒔絵を模倣する技法が
  開発された作品「唐木ジャパニング書き物机」が
  公爵夫人の為にベルヴェ城に納められていたからだと思います。
  ハッキリした明るい青地に高蒔絵風にパテで盛り上げられた
  中国風の人物を描かれています。
  公爵夫人がご愛用になったのでしょうか。


〔漆の間のあるドールハウス〕

  6部屋の3階建ての中の
  1部屋に漆の間に蒔絵があるドールハウスです。

  17世紀から18世紀にかけて
  ヨーロッパ各地に宮殿や城に
  東洋趣味の部屋を設けられました。
  シノワズリがドールハウスにもあらわれています。

● 第6章 王侯のコレクションと京の店先

  マリー・アントワネットの蒔絵コレクションは、
  質量ともにヨーロッパ随一を誇ります。

  マリー・テレジアは、大の東洋好きで蒔絵ファンでした。
  母の遺産として、蒔絵がマリーアントワネットの手に渡りました。
  マリーアントワネットは、日本国内用の香道具なども含む
  漆器コレクションの充実をはかるようになりました。

  マリーアントワネットのコレクションにより、
  江戸時代中期の京都で売られていた
  漆器のレベルを知る事が出来ます。


〔マリーアントワネットの肖像〕

 婚礼の交渉に、当時は互いの肖像画の贈呈が約されました。
 マリア・テレジアの派遣要請によって
 ジョゼフ・ジュクルーが14歳前後のマリーアントワネットを
 パステル画に仕上げました。
 今回の油彩の肖像画は、そのパステル画を下に翻案されたものです。
 面立ちもそのままになっているようです。
 上の看板の写真にも肖像画は入っています。

 当時の人々が王妃の相貌の欠陥に挙げた特徴の
 突き出した顎、やや大きな鼻、広い額などが
 この肖像からうかがえるとの事ですが、
 人形のように愛らしく美しいようにしか見えません。どうでしょうか。


〔源氏蒔絵硯箱  ヴェルサイユ宮殿美術館〕

 箱の表には、山間の庵で硯を横に置いた貴族男性。
 中には、細筆2本と硯の段の下に小箱が4合。
 中の部分はほとんど金地で高蒔絵での図柄となっています。
 硯と銀製の水滴以外も金地。

 豪華絢爛な作品です。
 この硯箱を手にされた西洋の方の眼には、
 どのように映ったのでしょうと思うと
 和の世界に思いを巡らせる楽しさが
 伝わってくるように思いました。


〔蒔絵瓜形香合  ヴェルサイユ宮殿美術館〕

  瓜の葉を下に敷いたような瓜の実をかたどった香合です。
  瓜の実には葉や蔓が模様として蒔絵で描かれています。
  清朝皇帝もよく似た瓜形の小箱を所蔵されていたそうです。  


〔楼閣山水蒔絵椀 スウェーデン王室〕

  ドロットニングホルム宮殿の庭園に、
  中国離宮と呼ばれる建物に
  東洋趣味によって隅々まで飾られました。
  その離宮に日本の蒔絵も収蔵されています。

  目録では、「漆のティーカップ 10組」
  となっているそうです。
  なるほど、椀はあまり馴染みないかもしれませんが
  皿の上に椀を置いた状態でティーカップに見えます。

  黒漆地が割合として大きく、
  皿と椀の外側には金で楼閣山水図。
  椀の内側にも草花や蝶が描かれています。
  椀の口径にも金で縁取ってあります。


〔バーリーハウス〕

  スタンフォードにある貴族の邸宅です。
  美術愛好家で、今も美術品が伝わっています。

  王侯コレクションとしては、
  デンマーク王室やマリーアントワネット
  に次ぐスケールです。

  特別展では、バーリーハウスの図書室の飾り棚の
  (金の壁と飾り壇に漆器が飾られている)写真の展示と
  漆器のコレクションの展示が、
  バーリーハウスの飾り棚に見せた所に展示されており
  実物の飾り棚の前に立っているかのようになります。
  圧倒されました。


〔第6章の感想〕

  ヴェルサイユ宮殿美術館蔵などの沈箱・香箪笥・小箱などは、
  日本国内向けに作製された物が輸出されたように見えました。
  日本で好まれ使われている物そのものを好まれたのかと思います。
  それにしても、1つが手のひらに収まるような大きさの中に
  小さい引き出しや箱や香合が入っており
  出したり閉めたりも出来るという繊細な作りと、
  その小さな中に蒔絵の技術がぎっしりと詰まっている物を
  眺めたり、開けたり閉めたり、使ったりと
  優雅な一時をお過ごしだったのだろうと思い浮かべました。
  


● 第7章 そして万国博覧会

幕藩体制の崩壊により、蒔絵の国内需要が著しく低迷し、
蒔絵師の多くが職を失いました。

そんな中、世界の主要都市では万国博覧会が相次いで開かれ、
日本の蒔絵が売れていました。
産業革命を遂げたヨーロッパ各国やアメリカでは、
新興のブルジョワジーたちが絶対王政期の
東洋趣味を手本として「蒔絵」を愛好しました。
万博博覧会の出品物だけでなく、
亡命貴族が手放した17・18世紀の作品を購入していました。

蒔絵は、東洋趣味に応えつつ、
最高級の工芸品として日本のイメージを担い続けています。


〔第7章の感想〕

 香合に碁盤形・琵琶形・太鼓形・琴形・子犬形
 兎形・雌雄雉形・亀形・蛸形・田舎形・御所車形など
 形自体がそのものになっている事に驚きました。
 鼈甲を張った上に蒔絵をされるなど色の使い方も
 近代的な部分もあるように思います。

 カザールコレクションの「流水桜蒔絵琵琶形香合」は、
 木目も蒔絵で描かれており美しく思いました。



 japan 蒔絵を観終えて 

 インド製の書箪笥などの展示もあり
 蒔絵が単なる東洋のものとして好まれたのではなく、
 蒔絵の技術が、西洋の人にも
 和風の文様を含めて違和感なく馴染まれ
 好まれたものであったように感じました。

 そして、いつの時代も流行に大変影響されつつ生活し
 それが高価であれば、それに似たものが生み出され広まり
 元のものは、生き残る道を模索する・・・
 良いものは、貴重なものとして残る・・・
 そんな葛藤の繰り返しなのかと思ったりしました。
 そんな中でもより高い技術へと磨かれ続けています。

 しかし、大変な時代を経ても
 貴重なものが次々と人の手に受け継がれ残り、
 見せて頂く機会があったという事は
 大変素晴らしいことだと思いました。






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