法輪堂 拝観日記

「聖徳太子ゆかりの名宝 河内三太子」

大阪市立美術館の「聖徳太子ゆかりの名宝 河内三太子
叡福寺・野中寺・大聖勝軍寺(4月26日~6月8日)」に行って来ました。

「聖徳太子ゆかりの名宝 河内三太子」1.jpg

聖徳太子ゆかりの寺院であり「河内三太子」と称される
叡福寺・野中寺・大聖勝軍寺に伝わる
宝物約120点が展示されています。

「聖徳太子ゆかりの名宝 河内三太子」2.jpg

「聖徳太子絵伝」は、11点。
太子の伝記を『聖徳太子伝暦』に基づき
各画面が絵画化されたものです。

例をあげば、母妃が太子を懐胎する場面から、
太子の棺が葬られたのを見て黒駒は命を失う場面まで
といった一生の中のエピソードを
絵解きが目的とされて作成された掛け軸のようです。

それぞれ描かれているエピソードや、
紙面の描かれる配置・順番はされぞれ異なります。
年齢の順番の年代順に配置されていたり、
四季により描かれていったりしています。


蓮華形舎利容器(証空奉納)鎌倉・建暦元年 叡福寺」は、
鉄・銅・銀製の三層からなる舎利容器です。
蓮華形のみを三層に重ねるという他に例を見ないものだそうです。
蓮の花びらに宝珠が乗り、蓮肉形と、法華経の偈文四行の刻まれた蓋を
横に並べられて展示されていました。
1つになった時は、どういった形となるのでしょうか。

聖徳太子の御衣の一部と伝えられている
「双龍連珠円文御衣残欠(飛鳥時代 叡福寺)」。
四天王寺での[唐花文袍残闕(太子緋御衣)]は、
約5cm四方の布でした。
今回は39,8×52,6cmという大きさで、
経糸と緯糸の組み合わせで変化をつけて文様を表す綾という織物です。
文様もよく見る事が出来ました。

「叡福寺伽藍古図(江戸・天保4年 大阪・西方院)」は、
太子廟を中心に叡福寺・転法輪寺を上空からの古絵図です。
説明では、矛盾点が多いとのことですが
彩色されており、朱色の屋根が映えており
その数の多く、スケールの大きさに感動にも似た驚きがありました。

「木造 四天王像(平安時代後期・鎌倉時代 大聖勝軍寺)」は、
蘇我馬子(持国)・小野妹子(増長)・迹見赤檮(広目)
・秦河勝(多聞)に擬して「四大臣像」とも呼ばれています。
ほっそりした御身体でお仏像とはまた少し違うような表情に思いました。
四大臣とお聞きして、なるほどと面白味を感じました。

「木造 毘沙門天立像(鎌倉時代 大聖勝軍寺)」は、
53,1cmという小ぶりな玉眼を嵌入のお仏像です。
お仏像の展示されている場所は、全体が薄暗くなっていましたが
最初にこのお仏像に大変惹きつけられるものを感じました。
お顔の表情のみならず、動きのある御身体・衣が
大変素晴らしいと思いました。

「木造 南無仏太子像(鎌倉時代 叡福寺)」は、
今回寺外初公開の太子二歳像です。
切れ長の目で厳しい表情が惹きつけられました。

 






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