法輪堂 拝観日記

ゆったりが、四天王寺

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荒陵山敬田院 四天王寺
聖徳太子が創建した日本最初の官寺
聖徳太子が戦勝祈願の四天王像を祀った寺

587年(用明天皇2)、仏教の受容と皇位継承をめぐり蘇我氏と物部氏が対立、太子は蘇我馬子とともに物部守屋らと戦った。そのとき太子は、白膠木の木で四天王像を造り、仏の加護を祈願した。

戦いに勝利した太子は、593年(推古天皇1)、難波の荒陵に御大規模な伽藍を造営。四天王寺のはじまり。

平安時代、最澄の来訪を機に天台宗との関係を深め、法華信仰や天台浄土教が展開していった。

1949年(昭和24)には、太子の「和」の精神を実現すべく、天台宗から「和宗」として独立。

四天王寺に立ち寄りました。お参り目的です。
特にどこにという予定もなく行きましたので
ゆっくり歩いて、ゆっくりあちらこちらの説明看板を読み
発見・感動しながらまわりました。
どのお堂でもご祈祷をされている最中でしたので
「お入り下さい」とは書いてありましたが外からお姿を拝見しておりました。
するとどのお堂でもわざわざ「どうぞ」をお声を掛けて下さり
お邪魔しない様にそっと入らせて頂きました。
ご祈祷中でなければもっとお仏像のお近くまで行かせて頂けそうでしたが
ゆっくり拝見させて頂きましたので入る時と同じくそっと出させて頂きました。
入らせて頂いた所ごとに何かしら気づかせて頂く事があり宿題がいっぱいになりました。

さて帰りましょうと歩くとポスターに目が留まりました。
「ん?なになに。 大日如来・十一面観音菩薩が帰山。
いつ? 今日開催されている。 どこの場所だろう?
今日はちょっともう家に帰りたいのでまた今度の機会に・・・。」 
と思い歩いていくと目の前にその場所が現れました。
当然、拝観させて頂きました。

[懸守 かけまもり]は、とても細かい細工が美しく貴族のお着物姿でかけておられる姿を
思い浮かべながら、さぞ美しく可愛らしかっただろうと思いました。
平安時代のものという事ですが、まったく傷むことなく色褪せもなく美しいままでした。
日本の和の色って上品でいいものです。
[千手観音・二天像箱仏]も同じく小さいながらに精密で見事でした。

感動したのが[唐花文袍残闕 からはなもんほうざんけつ(太子緋御衣)]。
聖徳太子の衣の一部といわれる約5cm四方の布。
まぁ、よくぞ今まで残っていたとしみじみその場でその感動を味わっておりました。

あれ 最近よく見たことのあるお姿のお仏像が。[地蔵菩薩坐像]でした。
説明の看板には「六波羅蜜寺の地蔵菩薩坐像と同じお姿」と。作者は違いますが。

さぁ ようやく特別展示の[大日如来坐像]です。
玉眼入でしたのですっと心での無言の会話ができるように思いました。

驚いたのが[降三世明王像]です。
前日に調べものをしていて、降三世明王のエピソードをいろいろ見ておりましたので
再現されている姿を見ているようで少し笑いがこぼれました。

きょうはゆったりぶらりと周るつもりが、やはりしっかりと周らせて頂きました。










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